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これまでのふっかさんの思い出をそっと青春の小箱に詰めよう③(2009-2012年)

こんなペースでやってたら終わらない、と気づいたので
さくさくしてこう。さくさく。



2009年~2012年ぽいとこ




みすすのーまんが出来た。

どうやらメンバーの頭文字から出来たらしい。


「???……え?Fは???」

と思ったら、どうやらユニット名を聞いた時のメンバーらもそう思ってたらしいから、おじいちゃん不思議ちゃんだから気にしないでいい系の事案だった。


雑誌でふっかさん本人が、ユニット名聞いた時、え?俺外れるの?って一瞬思った、的なこと言ってて、
私たちはメンバーと名前と同時にユニット名聞くから笑えるけど、ユニット名と由来だけ聞かされた本人はそりゃあ笑い事じゃないよね、と思った。


もしもみすすのーまんでデビューしたら、「頭文字をとったグループなんですよー」「え?Fなくない?」という流れが定番になるのだろうか
とか考えてた。


みすのが出来る前とか後とかも色々と人の増減はしてたけど
なんていうか私の中で「渡辺たち」という印象がとても強かったせいで、ちょっと増減しても「渡辺たち」であることに変わりはない、みたいな感じだった。

あと人のシャッフル、当たり前だったし。



ユニット名が出来て少クラでマイクを持って、メドレーの中の1枠とか貰えたり、オリ曲で1曲披露したりしてて、
全員が高校生になったから、先輩のバックでもカッコイイ系とかめっちゃ踊る系のバックに必ずと言っていいほど付いてたので
ファンもめっちゃ増えてウチワとか歓声も多かった。
そのまま滝ちゃんねるも始まり、開始早々のドッキリ企画が爆弾級に当たったり
映画HOT SNOWが公開されたり

とにかく、勢いがあった。あったんだ。



じゃあ、みすのでデビュー出来るという夢を見たか?というと
私は見つつも見てなかった。
勢いがある、出来たらいいなぁ、という想いとともに
「現実問題、エビキスを差し置いてみすのがデビュー出来る世界を1ミリも想像出来ない」
と思っていた。

勢いでいうなら、どうやったってその2つの方が上なのだ。
その2つが、それでもまだ「ジャニーズJr」をやってる世界なのだ。
これで誰がデビュー出来ると?

なので、夢見つつ夢見てなかった。


ただ、とにかく私はみすのがある限り辞めない、という安堵感があった。




そして、とってもJrらしいことに

映画HOT SNOWは、映画公開時はMis Snow Man主演だったが
DVD発売の頃には、ジャニーズJr主演、だった。


みすののセンター割してた2人、真田野澤がいいともに抜擢され、それに合わせて2人はnoon boysになった。
6人は、「ジャニーズJr」に戻った。


たかだか2年くらい、ちょっと勢いあってちょっと安定しちゃったもんで、忘れていた。
ジャニーズJrって、そういうもんだってことに。

事務所が推したいJr以外は、ただのジャニーズJrでしかないってことに。


2人が抜けた6人を見た時、
「やば……ここ全員、踊れる高校生だから重用されてたけど、1人もゴリプッシュされたり、目出度く誰かの覚えが良い、みたいな人いないじゃん……?」
と思った。
この段階で存在してたデビュー組のどこをみても、グループの中で、事務所に明らかに気に入られている人、覚えが良い人が『一人もいない』というグループは居ないように思った。
なんだかんだ、ちょっとくらいは特別扱いされてた人が混じってるものだった。

…………いなくない…………??

掲載時期はもっと後だった気もするけど、いわゆる山田様が雑誌でJr時代の話をした時の
「例え自分が合ってて、特別扱いされてる人が間違えてても、怒られるのは自分」(ニュアンス)
というやつの、怒られる側しか、いなくない?


この段階でも、みすのが無くなったことそのものよりも、「それによって未来が危うくなった」ことの方が不安で不安で仕方なかった。
ユニットに思い入れがあったような、なかったような。
別に、みすののこのメンバーじゃなきゃダメなんだ、という思いはなかった。


そのタイミングで、あべちゃんは秋から試験休みに入った。

あべちゃんがめちゃくちゃ偏差値高いということは誰もが知ってたので、程々な大学ではなく恐らく相応の大学に行くことが予想され
むしろ一般的な受験感覚からすれば、
「年単位で大学受験に構えてく中で、高校3年の秋まで仕事フルでやってやがったぞこの人……(震え)」
感もあったのだけど、ジャニーズJr感覚で言えば
「Jr生命が揺らいでるタイミングで半年も消える」
ということをしていて、
どちら視点でも震えるような決断。

いや、本当に阿部さん凄いと思う……ただただ純粋に、凄いと思う……。



そして、Jr担ももはやなんて読んでいいのか分からなくて
「みすの」だと8人ですか6人ですか5人ですか、ってなるし
「岩本たち」でも6人なのか5人なのか処理しきれず、というか「岩本たち」と呼称することにはファン心理として抵抗あったので
「みすの5」と言い出した。
みすのファイブ。変身しそう。



このファイブのタイミングで、海老デビュー後のファーストコンが代々木体育館であった。
5人はジャニーズJrとしてバックにいたのだけど、「岩本たち」では無かった。
理由は知らない。ただとにかく、3人が海老のうしろにいて、深澤渡辺は、本当にジャニーズJrの中にいた。
2人は海老の背後ではなく、マンションの中にいた。
2人はステージ中央付近ではなく、ステージの左右に伸びた部分にいた。

世の中には表に出ない色々があるので、何故そこにいるのかは私は知らない。何かあったのかもしれない。
ただとにかく現実として今この瞬間、5人は3-2で扱いもポジションも違う。
何か原因があったとしたら、今だけで、この後またすぐに戻るのかもしれない。
でも、これをきっかけに分離して、戻らないかもしれない。
先のことは誰にもわからない。


コンサート中にも関わらず、私の脳内は走馬灯が過ぎってた。
完全に走馬灯だった。
「ああ……今まで応援して来たアレやコレや……楽しかったなぁ……楽しかったなぁ……」
ぶっちゃけここまでガチで忘れてた、2007年に「この人がJr続けてる限り私は見限れないなぁ」を、
この時の走馬灯で「あ゙っ!!私昔そんなこと考えてたわ!!!沸いてるぅーー頭沸いてるぅぅーー」って思い出した。ここまで本当に忘れてた。
「でも、思えばあれから随分遠くに来たな……あの時予想してたより、はるかに長く応援出来たな……それはとても、幸せだなぁ」
完全に終焉ムード。思考がまとめに入っていた。


コンサート前半は動揺してて、後半は完全に走馬灯みてた。
本人は踊っていて、ステージの上にいて、そして安井さんとおしゃべりして遊んでるんだから、もっと目の前にいる本人に意識傾けて??ってくらい、意識がはるか上空に行ってた。

それが昼公演のこと。


夜公演。
深澤渡辺の衣装がそれでも他Jrと違って3人と同じもの着てたのだけど、夜公演ではそれも無くなって周りのジャニーズJrと同じ衣装になった。
悲鳴あげると同時に「そりゃまぁ周りに合わせるか……」という納得と諦めの記憶。
目の前のきらびやかなコンサートをボーーーっと目に映しながら
「もし分離したら、深澤さんは仕事続けるだろうか」
「3人が何かしらの形になって自分はJrの中の無所属になったとして、仕事続けるだろうか?続けなくない??」
「てか分離したとしたら3人もそれはそれで事務所続けてくだろうか」
「このまま空中分解したら、人によって事務所に残る人と残らない人出てくるんじゃなかろうか」
「てかメンバーが空中分解したら深澤さん残らないわ絶対残らないわこの人このメンバーだから続けてる感あるもん」
「あーーーふっかさん残らないわーーーーーー(心の中で大の字)」
「なんかある日突然他の芸能事務所に行ったらマジどうしよう」
「深澤さん単品で別に移籍するとかまるで無いけど(謎の確信)、メンバーが6人揃ってたら行くのか……?」
「ええ……?(困惑)」


そんな感じで、極めて失礼ながら、えびコンの記憶が本当にない。
ただ、それはそれとして
「海老ってば、せっっかくこれだけ待ち望んで待ち望まれたデビューをした、この!!タイミングで!!なんでABC-Z&ジャニーズJrみたいなコンサート構成にしちゃったの??自分たちが主役です!!じゃダメだったの??小さな漁村に居る母と妹の命をジャニーズJrに囚われてるの??」
とか言った記憶はある。



まぁ、結果的には杞憂に終わってその後またみすの5だったのですが。



そして春にはきっちりサクラ咲かせて阿部さんは戻ってくるし、

滝沢歌舞伎のスクリーンには

Snow Man

というグループ名が出た。



客席はざわついた。


彼らは客席のざわつきに、「え?」ってなった。






その時、私は






2階の天井近い端の席で奥まったスクリーンの文字部分がまるで見えず


「えっ?何が????えっ???何が?????」



って言ってた。




ひ ど い





確かそして会場は沸いて、拍手してたような気がするけど私は



「えっ????何が?????」



って言いながら、薄笑いを浮かべてとりあえず分かったような顔をして拍手していた。



私はその時、雰囲気で拍手していた。








会場にいたにも関わらず、公演終わった帰り道に流れてきたレポ読んで
「へ、へえーーーグループ名?ふーーん、そ、そうなんだーーーーー(動揺)」
って言ってた。



誰か私の人生に、席運というものをください。

これまでのふっかさんの思い出をそっと青春の小箱に詰めよう②(2008年)

年単位かよ刻み過ぎだろ、っていう自分の心の声が聞こえました。

たまたまです。そんな毎年昇華したい思い出なんてないです。





2008年。


JrBOYSを見てキャッキャしてるのはとても楽しかった。


2008年夏は死ぬほど忙しかった。

1部を追いかけてるだけのファンが忙しかったということは、彼らはめちゃくちゃ忙しかったのだと思うけど。



PLAYZONE Finalがあった。


PGFの曲中で、いつもほぼ毎公演、最上手にいる岩本と最下手にいる宮舘が何故か端と端で曲に合わせて熱唱しあっていたりしたので
文字通り目が足りず、友達と「見る人分担制」が出来上がった。
青山劇場の開演前に、双眼鏡の手入れをしながら「今日私岩本みる」「オケ私宮舘」という戦地に赴く兵士のようなアクションをしていた。
佐久間担と深澤担で。自担放置。


そんな中、ある時岩本さんが怪我か何かでお休みした。
残念なことに映像化したのはお休みしたタイミングだった。

それはさて置き、岩本さんがいないので全員一致で宮舘さんを見ていた佐久間担と深澤担(あくまでいわだてを見ることは止めない)
いつものタイミングで、いつものように上手を見ながら熱唱している宮舘涼太さん。


………………はい?


あれ???


私たち、宮舘は岩本と遊んでるものだと思ってきたのだけど



もしかして別に、宮舘さん的には、
岩本さんである必要…………全然無かったですか…………??



私たちはその、もしかしたら(岩本さんにとって)悲しい現実を、そっと心にしまった。

(誰一人として上手を見ていなかったので、誰と熱唱して遊んでいたのか今もって不明)




そしてプレゾンが終わったら即、既に公演が始まってたお台場SUMMARY(なんかお台場J地区でやってたやつ)に合流して、途中参加したJrBOYS。

ファンは追いかけてるだけなのに、青山に登山してたら直ぐに海辺で海風に煽られることになる。忙しい。
山に海とか、夏満喫してるようで炎天下のアスファルトとしか会話してない夏。
公演後にお台場海浜公園東京湾の水にペチャペチャ触れたくらい。悲しい。


SUMMARY。SUMMARY何あったかなSUMMARY。
あっ。
いわなべふかで何かよくわからないコントしてた。

小学生的に、〇〇がぼくのシャーペンとったーーーーって泣いたり、なんか膝がどうのこうのしてた。膝。とにかく膝。オチも確か膝。
まるでふわっふわして覚えてないけど、とにかくコントしてた。

ここからずっと私の中では、この人達はコントをする生き物だとインプットされている。
誰だすのーまんに関西が来たからコントするようになったとか言い放ったあほうは。ずっとコントじゃろがずっと。(エアリプ)



SUMMARYの途中で、嵐のアジアツアーだか何かに、年齢上の人だけ連れてかれた。
いわあべは置いてかれた。中学生だからシカタナイネ。
SUMMARYにぽつんと出てたのだけど、いつもあれっだけ笑顔で、あれっだけ隙あらばキャッキャ遊んでた岩本さんが、ただひたすら黙々と仕事だけしてる姿は笑i……涙を誘った。


とりあえず、この頃は公演がタダ被りしてるので、居る日と居ない日がある、というのが当たり前だった。
一見出演者ガチャだけど、ちゃんと調べれば予想はつくし、出なくても「今日居ない!?なんで?!あっ!!そっちかーーーー!!!」みたいなノリだった。
想定出来ないのは自分の勉強不足、知識不足、という認識だった。



で、確か2008年に遭ったこと。これで2008年じゃなかったらほんとゴメンでしかない。
正直私該当のコンサート結局(必要がなくなって)行かなかったもんで、何年だかよく覚えてない。


NEWS公演の途中で突然ふっかさんが消えた。
消えたというか前の地方公演には居たけど翌週の地方にはいなかった、的な。
最初から居ないならまだしも途中から消えたので、界隈がざわっとした。

これに関しては別に何か発表があったわけじゃないので完全に当時流れていた噂話の中の一つでしかないけども。
私が当時聞いた話だと、アクロバットで怪我をした、という事だった。
病院運ばれたとか、そういう類の話だった。
それを聞いた瞬間、手足の先が冷えた感触がした。
もちろん、でも大丈夫らしいよ、とかそういう話も聞いたのだけど。

私は、何が「大丈夫」なんだろうと思った。

いや。確かに、何より大切な「大丈夫」なのだけども。
この「大丈夫」は「命に別状は無い」という意味の「大丈夫」なのだ。
ものすごく大事な「大丈夫」なのだけど、つまりはそういう次元の話をしているのだ。生死に関わる噂話をしているのだ。

まずは、命に別状は無い、らしい。
それは良かった。とにかくそれが無ければ何も次に進めない。

で、次の話をすると、だ。

じゃあ、今後の仕事は……?

頭ってざっくり聞いただけじゃ何もわからないけど、頭とか首とか色々と、それって、後遺症の可能性あるんじゃないの?
直ぐに出なくても後々から出てくる可能性もあるんじゃないの?
今大丈夫でも、後は大丈夫じゃなくない……?

後遺症を持つジャニーズJrは、ジャニーズJrで居られるの?


私はあくまで他人に聞いた話なので、この噂話が本当かどうかは知らない。
世の中、あまりに適当な情報が出回ってるのは知ってるので、頭からそれを真実だと思うつもりはない。

ただ、この時に感じた恐怖は、この時だけのことじゃない。
彼がアクロバットをする限り、この先ずっと付いて回る恐怖なんだと知った。


私はこの時まで「本人が辞めたくなったから辞める」という退所しか想定していなかった。
「本人がどれだけ仕事を続けたくても、続けられない退所」もあって、アクロバットをする以上、それはすぐ身近なものなのだと、思い知らされた。

この噂話はもしかしたらただの風評かもしれないけど、それはそれとして、そういう事態はいつでも簡単に起こることだと、思い知らされた。


この時感じた、手足がなんかすごく冷えてぐるぐるした感覚と、その後に思った「この先もいつでもあっけなく起きる『終わり』だ」という強い実感は、正直いまだにまるで克服出来ない。
だってSnowManは、今もアクロバットを続けているのだ。
自担はずっと、いつでも事故が起きておかしくなくて、それは再起不能とか命の危険とか、そういうことが起こり得るものなのだ。

昇華したくてブログに書いたけど、この先も克服出来そうもない。



この時のふっかさん不在の「ざわっ」自体は、少しあとに本人が代々木体育館の見学席に居たことで収束した気がする。
天井から真下に見えるBOX席のふっかさんの帽子を眺めながら、喜びとも不安ともつかない複雑な気持ちを抱いたことを覚えている。

……私の席が真上の天井すぎて、ふっかさんの記憶が帽子しかない。
本当に私の席運は(ダメな方向に)とても安定している。




2007年に続き、「自担、そこに居るだけでもはや神」 信仰はさらに加速していく。

これまでのふっかさんの思い出をそっと青春の小箱に詰めよう①(2007年)

デビュー発表を期に、これまでの思い出をアップロードして頭の内部ストレージすっきりしよう、という趣旨の記事です。


私が最も、どうにも消化出来てない頃の思い出を、何より一番に外部保存します。

楽しい思い出はずっとそばにあっていいけど
楽しいばかりじゃなかった思い出は、さっさと小箱にしまっちゃおうねー。


て感じなので、あんまり明るくない話題ばかりの気がします。

続きを読む

デビュー発表を受けて、過去の思い出を送り火しようと思った話。

2019年8月8日
東京ドームにて、Snow ManSixTONESの2020年同時デビューが発表されました。

まだ細かい事が出た訳では無いので、このあとの期間に何が起こるか分からないですが
とにかく、1つの大きな一段を登ることを、仮約束されました。

聞いた瞬間は、喜びはもちろん大きくあったのですが、それでも「なんだか実感がない」という感じだった気がします。

そのままの気分で配信を見終わって、ひとしきり配信見てた友達とLINEしあって、公演入ってた人達のツイートを見て。
それからようやく、ぼんやりと色んなことを考えたり思い出したりしてました。

その時にふと、「ああこれで私は、これまで応援してきた過去の思い出を忘れていいんだな」
と思いました。

いつでも私は「いなくなるかもしれない」と、昔は強く、今でも頭の片隅程度ではずっとその考えを持っていました。
なので、「もしそうなった時には私はこの応援していた何年もの思い出を大事に墓に持っていこう」とも思ってました。
つまり、これまでの思い出がとてもとても大事でした。

でも、このデビュー発表という「この先の約束」がされた時に、「ああもうこの思い出を大事に大事に大事にしてなくても、これから先もどんどん新しい新鮮な思い出をいっぱい作れるじゃないか」と。
執念のように抱え込んで大事にする必要がなくなりました。

思い出をもっていることが嫌なわけではないないのですが、私はあの頃は良かった派よりも、今この瞬間が最of高派なので、自分の大事にしてる思い出は言うて「今に連なる、昨日よりちょっと前のこと」であって、それ以上の何かではないです。
それなのに、いつか思い出の更新がなくなっちゃうかもしれないから、記念のスクショや画面保存は消せなくて常に容量がパンパン、みたいな状態でした。


ああ、もうこれを「1つも消せない……!!!」って必死に残さなくても、クラウド保存でもしておいて、見たい時に見れるようにすればいいじゃん!だって、思い出はこれからめちゃくちゃ増えるんだから!!!

と。デビュー発表のあと、静かに寝る前にそんなことを考えました。


それと同時に過去の自分の思いを思い出しました。

私が大事に抱え込んでた思い出を、ほどきながら思い出してました。

一つ一つは大事に抱え込んでたので内容は分かりきってる思い出でしたが、それでもその思い出に、今までには感じたことの無い気持ちがありました。

ほっとした気持ちと、不安な気持ち。

その時はじめて、私のこの積みさかなってた思い出は、全部が不安と共にあったのだと知りました。
今この日。この配信を見た時の記憶が初めての、不安がくっ付いてない思い出なのだと気づきました。

ああ、この不安と共にあった記憶はもう、葬り去っていいんだな。

そう考えた時。
世間では目の前にお盆があったので。
じゃーちょーどいいんで、このまま不安はもう送り火しよう。
そんでそれからは、まっさらすっきりとした思い出をまたどんどん詰め込んでいこう。


そんなふうに考えたので。

しばらく、ブログにこれまでの私の思い出.zipを解凍してアップロードして、必要ならここにきて見ればいいので、私の内部ストレージはさっぱりにしようと思います。


と、なんか色々言ってますが
たぶんお盆期間中に更新、終わらないです。
しばらく時間かかってると思います。
もうデビューまでに終われば良いくらいの気持ちで動いてます。
送り火とは。


しばらく自分語りしまくってるやべえ奴と化しますが、そもそもの内容は1個人の主観で歪められた思い出であって事実ではまるでないので、あまり気にしないでください。
あと突然過去のおさらい始めることとなりますが、別にヲタを引退するとかじゃまるでありません。

むしろこれからも応援頑張ります。

だてさく氷河期って聞くけど、そんななの?というエアQへのA

今じゃ面影もない、そろそろ都市伝説と化しそうな
「だてさく氷河期」のお話です。


とはいえ、まずお話する私が深澤担で、
じゃあどんだけだてさく見てたの?と言われると「ふっかを見る片手間で……」としか言えない上に、
どれだけ記憶してるの?と言われると「過去とか全然覚えてない……」という頭なので、
ふんわりと、そんなもんだったんだなーって、いう程度のものです。
たぶん果てしなく詳しいプロが世の中にはもっといると思います。


もしも、最近すのーまんに興味を持って、ついでに過去も漁ってみたいという人がいた時に、今のすのーまんへの興味の促進になれば、万々歳です。



先に言っておくと、今の宮舘さんと佐久間さん、一緒に飯食いに行ったりメンバー内でもかなりウマがあって仲良いペアです。



初めて私が2人を認識した頃、宮舘涼太佐久間大介はシンメでした。
認識したきっかけも単純で、なんかダンス上手いと聞いたので探してみた、というもの。
なので、私も2人セットで探したし、2人セットで覚えた。
顔と名前一致させてからダンスを見た時に、確かに周りより頭2つ3つ……いや、4つ5つくらい飛び抜けて、2人はダンスがうまかった。

2人が中学二年生の時の話である。
ファンの間で「中2組」と呼ばれてた、渡辺宮舘真田野澤佐久間大久保でラインが出来てた頃のお話。


その頃は言うて中学生なので、全員ダンスは真面目にやりながらも、お手振り曲とかちょっと隙間があると、すぐみんなでふざけて遊んでた。その後、岩本阿部深澤と増えたあとも、増えた分だけとにかくみんな遊んでふざけて戯れてた。
ただ、ダンスとかやるべきことに対しては、全員真面目だった。

余談だけど、きっと、中学生~高校生になる辺りとかで、仕事に対して真面目か、「真面目とかダセェよな」みたいになるかで、Jr続けるか辞めちゃうか別れるんだろな、となんとなく感じる程度には、全員が本当に真面目だった。遊んでたけど。


あと関係ないけど渡辺さんは中学生からずっとド真面目だった。
外周でしゃがんで待機してる時とか、宮舘岩本深澤とかはコソコソ遊んでるタイプだったけど、それをシンメ位置で遠くからすごい目で見てる渡辺翔太を死ぬほど見た。
怒ってる?ってくらいの目をよくしていた。
そりゃ岩本少年に怖かったって言われるよね。


関係ない話の追加だけど、当時もっともはしゃいで遊んでたのは岩本ひかる(ひらがな)だった。間違いなく彼だった。
今なら分かる。
こんな構ってちゃん、そりゃ全員に「俺と遊んで!!」って飛びついていくよね……。


まぁまぁ察していただけると思うけど、この辺のくだりには佐久間さんの名前、出てこない。
佐久間さん、めちゃくちゃ静かで大人しくて、みんながわあわあ喋ってるのを、端の方で笑って聞いてるだけの少年、というのが私の強く残ってる印象。

とは言え別に誰とも交流ないわけじゃなくて、小野寺や野澤あたりとちょこちょこ遊んでたり、あとMADE辺りとか安井とか……さっくんもそれはそれで楽しく遊んではいましたが。
安井さんにケツはたかれてキャーキャーしてたり。
あとはだんだんと真田と仲良くなったり。
というか静かすぎるポジションだったけど、後々に分かる佐久間さんのメンタルは真田阿部のお墨付きのドポジティブだから、まぁ……うん……。


はい、それはそれとして、主題はだてさくです。


岩本さんが入所する前から(無駄に岩本さんの運命に対抗していく姿勢)シンメとかになってる、宮舘佐久間です。


この2人。

もう…………びっっっッッッッくりするくらい、

喋らない

目合わせない

関わらない

接しない。


コヤシゲのチラリズムをコンサートでやった時とかも、シンメで鏡合わせ向かい合って踊るのに、このペアだけ向かい合ってもニコリともしない。
互いをちゃんと見てるのかも怪しい。
使ってた枠のセットを2人で持ちながらハケてく時も、サッとセット引っ張ってスタスタハケてく宮舘と、セットの反対側を持ちながらどうしていいかわからず手を添えてるだけの佐久間。
分かる、分かるよ。
変にしっかり持っちゃうと引っ張っちゃって宮舘の邪魔になっちゃうもんな。
かといって、まるっと宮舘に任せて自分は何もせずにただハケるとか出来ないよな。
セット片付けるまでがお仕事だもんな。
わかるわかる。迷った挙句のその添えるだけの手。



マジうける😂👏🏻



正直、裏なんて何も知らない、ただステージを見てるだけでも分かるくらいに
「あっ!こいつら仲良くないぞ?????」
を隠しもしてなくて、清々しくて楽しくなるレベルでした。


何がおもしろいって、まるで目も合わせないレベルなのに、シンメのダンスが揃ってることだよ……いっそ怖いよ……。


これが短期間なら「ケンカ?」と思うし
初期の頃なら「仲良くないのかー」と思うのですが
こんなノリのまま数年やって
みすのになって露骨に避ける無視するなんてことはなくなっても、
逆に雑誌に載るために「メンバーについて」みたいな記事で見えてくる、果てしなくうっっっすい内容。
「こういうとこもあるのかな?って思った」みたいな、ふんわりしすぎてて、相手のことを何も知らないのが如実に分かる、確実に遠い距離を感じるコメント。
おもしろすぎか。

「かといって仲良くなったわけじゃないんだな」
みたいな空気を感じていると、
もはや「お前らすげぇな!!!wwwww」って感想になります。
草生やすの、得意です。


当時の自分のレポでちょいちょい「だてさくが顔見合わせて笑ってた!!」ってビビってました。
こんなのもう事件です。


同グループでこれ。すごいだろ。


何が一番自分的にインパクト強かったかって、数ある他の、
例えば仁亀とか藤北とかって
「昔は割と仲良かったけど途中からなんとなく疎遠になって気まずい」
みたいなパターンは知ってたのですが。
入所した最初から仲良くなくて、シンメで同グループになって何年も一緒にやってきて。
で、その間最初からずっと殺伐としてるって、初めて聞くパターンだわ。


別に仲良し同士がグループ組むべきみたいな、修学旅行の女子の班分けみたいな感情はないので、それならそれでいいんじゃない???くらいの気持ちでいたのですが。



だんだんと、あの隅っこでみんなの話聞いて笑ってるだけだった佐久間さんも、どんどんと元の性格のポジティブを出してきて行動もがアクティブに、しゃしゃり出てくるようになります。

外からファン視点でみると、人間関係に関してはもう鋼か?と思うような強メンタル持ちだったぽい佐久間さん。
このままではいかんと思ったのかドンドコ宮舘さんと距離詰めていきます。
なんなら一時期「涼太」呼びしてたよね?私の記憶違いじゃないよね?

宮舘さんは宮舘さんであの性格なので、
「え……なに……こわ……」みたいな反応でそのまま引きます。


別にそこで仲良くなれはしなかった。



マジうける😂👏🏻



そんな中で、滝ちゃんねるで宮舘さんと阿部さんの確執(これはもう殺伐とか氷河期とかじゃなくて本当の確執)にスポットされた裏で、
滝沢さんに
「お前ら2人、仕事に対する温度感似てるから1度飯でも行ってみれば」
的なアドバイスももらったためか


「このあいだ俺と佐久間二人きりで飯行った」

と報告する宮舘涼太さん。

「えええぇぇぇぇーー??!」
という客のどよめき。(公認殺伐)

よりもはるかにデカい声で
「えええええぇぇぇ!!!??????」
と叫ぶステージ上のすのーまん。(メンバー公認殺伐)

驚きすぎて思わず客にケツ向けて床に膝つく、深澤辰哉と渡辺翔太。

「俺聞いてないんだけど!」
安定の岩本照。


この、ファン及びすのーまんに「だてさく雪解け事件」と認識されているこの発言は、

2015年、シアタークリエのMCで起きました。




もう一度言います。




『 2015年 』クリエです。





2人が入所したのは、2005年です。



脅威の、だてさく、10年氷河期。



こんなの確実に、感想はこれしかない。





マジうける😂👏🏻




※追記 2019/4/13
友達から「あきまさを忘れないでください」と言われた。

すまんかった……


訂正します。
渡辺宮舘真田野澤佐久間大久保でした。

すばくらコン(国際フォーラム)のバックにつき、MCでマイクを持たせて貰ったときに
「ここ!!ここ全員中2です!!俺ら全員、中2です!!」って(主に渡辺と宮舘が)めっちゃ主張してたせいで、中2組が浸透した気がしなくもない。


※追記
2020/10/26
デビューライブをずっと一緒の佐久間担と見ながら、こんなことあったねトークしててちらほら思い出したので追記。

2015年が雪解け事件ではあるけど、その少し前から私たちから見れば雪解けは起きていた。
それまでは、佐久間さんが話してる時は宮舘さんはその会話に特に参加しなかったり、割と何にでも乗っかって参加しがちな佐久間さんが宮舘主導のトークの時は黙って聞いてる、とかいうのがデフォルトだったのが
どの頃くらいからか、ちゃんと会話してたり、宮舘さんか「佐久間さぁ」とか自分から名前を出して話しかけたりしてて
「普通のメンバーとして喋ってる!?仲良くなったねぇ、雪解けだねぇ!!」
はしゃいでました。

……うん。あの。

全くなかったわけじゃないけど、それでも、名前を呼んだ、話しかけた、というだけでも、そこそこレアだった気がする。

舞台「キャッシュ・オン・デリバリー」

やったぞ!
前にブログを書いてから3ヶ月くらいでまたブログ書くぞ!!
エライ私!!!

はさて置いて。



ブログに残しておかないといけないと思ってたので、去年の外部舞台、キャッシュオンデリバリーのお話です。


キャッシュ・オン・デリバリー
http://shyboy.jp/cash/
大阪(松下IMPホール)
2018/10/24~10/28
東京(シアタートラム)
2018/11/2~11/5


SHY BOYプロデュースさんの翻訳劇で、元々はイギリスの劇作家マイケル・クーニーの作品。

なので舞台もロンドン郊外。もちろん通貨はポンド。

作品としてはもちろんコメディですが、イギリスの福祉制度が充実している反面、その運用はかなりずさんだった、という風刺も込められているようです。
ゆりかごから墓場まで」という言葉は知っていたが、それがイギリスの社会福祉政策のスローガンだと知らなかった。
本来であればそういったイギリスの事情も笑いポイントだろうに、聞いて「ほーなるほどねー」としか反応できない。
これが知識はあればある程よい、という反面教師です。
悲しいね。



この作品を見た時に感じたのが、情報量が膨大だ、ということでした。
情報量が膨大=台詞量が膨大、なわけで
主演として置かれたSnowMan2人はもちろんのこと、出演者全員、本当に台詞が膨大でした。


そして、ただ台詞量が多いのではなくあえて「情報量」と言ったのは、見ている観客がそれらを聞き流す音ではなく精査して脳に詰め込むべき言語にしなければならないからです。
なぜなら、その情報をベースにして笑いがあり話が転換し、転換した先でまた笑いが起こるからです。
客もまた客席で、椅子に座って口開けてたら勝手に餌が詰め込まれるのをただ享受するのではなく、きちんと舞台を見ながら与えられていく情報をベースに脳内で構築するという行動をしている必要があるのです。


と、開始30分くらいまでは私も思ってました。



が、だんだんと気づきます。


情報を詰め込みすぎて脳がマヒしてだんだんぼーーっとして
トリップ状態で見るのが一番楽しいやつじゃない?これ。


普段、トンチキすぎて考えるな感じろと訴えてくる脚本には慣れきっているジャニヲタですが、
考えろが怒涛に押し寄せた結果「もう思考はいいや!感じろ!!」になだれ込む脚本にはとんとご縁が無かったため、余計に「たーのしーーー」となります。

最近感じるのは、一般的に理解出来る範疇で生きてきた人にトンチキ見せると「!……????……!!!」って謎の衝撃を受けるが、それをジャニヲタがみても「あるよねーこの謎の熱量ー」って薄い反応になってしまうやつ。
でも一般的なものにばかり触れてきた人には、とっても衝撃的なんだよね、きっと。
それの逆バージョン。
ジャニヲタ、「思考の果ての感じろ」に衝撃受ける説、ある。たぶん。しらんけど。ないかも。



もちろん、そんなことが出来るのは100%元の脚本の素晴らしさにあると思います。


まずトンチキに慣れ親しんでいる皆様がよくご存知、なぜトンチキになってしまうのか。

「話の整合性が皆無」
「場面の繋がりが皆無」
「伏線を回収する気も皆無」

あるよねー、よーーーーーーく見るよねー。
これが「皆無」レベルまで到達するからトンチキになるのであって、「取れてない」「出来てない」程度の場合、それはただの駄作です。
そして、この駄作のどれだけ多いことか。

皆無レベルを日頃から見てるんだから、足りてない程度なら満足出来るんじゃないの?と思いがちだが、
何事も突き詰めるとプロというもので、皆無を突き詰めているものと、単にやろうとしたけど出来てないものはやはり違うのだ。
主に、感じる熱量が。


そして、このキャッシュオンデリバリー。
脚本に抱く感想がもはや「ロジカル」。
馬鹿な感想を言えば「頭いい人じゃないと作れない」


膨大な情報量、なぜ膨大になるかというと設定が複雑な上に会話を重ねる毎に状況が推移し複雑化する、かつそれが絶え間なく起き続けながら最後まで続いていく、ということと
それらがすべて台詞によって行われ、舞台は開幕閉幕以外には暗転もBGMもない、ということにあると思われます。


ストーリーは、社会保障制度を悪用して障害やらライフイベントやら不幸にあった人物を捏造しまくって金を得ていたエリック(深澤)に、同居人(佐久間)が巻き込まれ1つのつじつま合わせに協力するハメになったが、後から後から別のパターンが出てきて、さらにつじつま合わせに紛糾するハメに陥りてんやわんやするコメディ、という感じ。


例えば、ノーマン・バセット(佐久間)は今朝方亡くなった、ということにされてしまい、嫌々ながらそのテイで話を合わせたところ、
「じゃああなたは誰?」となり、慌ててるうちに勝手に相手が勘違いしてくれてノーマン・バゼットの息子だ、ということになる。
が、途中で「亡くなったノーマンさんの息子さんは、耳が聞こえないということで障害手当が出ているはずだが……?」と福祉課の役人に指摘され、突然、今の今まで耳は全然聞こえていなかったフリをしはじめなくてはならなくなる。


こんな嘘とつじつま合わせを、1人に対してではなく、この人に対してはこの嘘を付いている、この人に対してはこの嘘を付いている、と常人であれば瞬時に破綻するような折り重ね方をする。
その何十もの嘘を何重にも重ねて乗算になってやべぇ状態のままで、きちんと舞台の最後まで破綻せずに走り続ける。


めっちゃ、ロジカル~~~(馬鹿発言)


普通にやったら1幕のうちに破綻するか、ストーリー上では破綻してないテイで進んでても客席から脚本の破綻が見えてしまう事態になる。
「これ作った人……頭めちゃくちゃいい……」っていう馬鹿丸出しの感想になるわけです。


でも、この破綻してない、も、1度見た時には正直そこまで分かりません。


「そんなとこを気にしながら見てるよりも、笑ってみた方が絶対に楽しい」


と気づくので。


何度も見て話が頭に入ったのなら、帰宅して家でじっくり思い返せばいい。
あと台本売って欲しい(死ぬほど遅い要求)



そんなわけで、1幕の途中から割ともうひたすらおもしろいから笑う、ということをする3時間。


客席全体の反応としても、1幕始まってしばらくは笑い声は割と控えめなので皆まだ脳をフル回転させてるんだと思うけど、だんだん笑い声が大きくなって会場がどんどん笑ってくので、どこかで皆頭がマヒしたか思考を止めて感じろに転換したんだろうなぁーって思う。


公演が終わったあと退場しながらするザワザワ声の大半が
「おもしろかったーー」
「笑ったーー」
って感情面の感想の声だったのも印象的で、
あれだけ中身がぎゅうぎゅうのストーリー部分への感想だったり、担当がどうとかじゃなくて、「おもしろかった」になるのって、
つまりは見てた人みんなが「感じろ」になったあげくに、その感じろが「おもしろい、たのしい、わらう」って方向に振り切ってた事だなぁと。


私も、割と1幕の早い段階からそこにいるのはエリックとノーマンだなぁと認識してて、自担がどうとかSnow Manがどうとか、頭に欠片も思い浮かばなくなってました。
見てる間はずっと、そのお話に引き込まれてしまってた。
舞台中現実に返ったのなんて、さっくんの女装は笑いポイントだと思ったら客席から嘆息が漏れてて「えっっっ。あっ、そっちなんだね!???」って衝撃受けた時くらいです。
うん。びっくりした。私は佐久間というものを見誤っていたようだ。



終わったあとに一斉に「たのしかったーーー」って声が出る舞台を見れたことが、本当に楽しかった。おもしろかった。
お金を払って頭空っぽになって笑ってスッキリ帰ってく。
なんて理想のエンターテインメント。


公演見終わった瞬間に、この舞台を、ジャニーズ興味無いけど舞台にお金を払うことには抵抗のない、あの友人とこの友人と、あの人とこの辺の人にも見せたい!!!!!ってなりました。
まぁチケット無いから出来ないんですけども!!!!!
「チケットあるから、私と!!これを!!見に行こうぜ!!」って少なくとも5人以上ぱっと声掛けたい人出てくるのに、それが出来ない。悔しい。
そんな感情が入り交じりながら帰宅しました。ある意味100%スッキリは出来てなかった。布教できない不満。布教欲だけが満たされない。布教欲って何。



キャッシュオンデリバリーを見て、これだけ多くの感想が「たのしかったーー」になれたのは、もちろん脚本の完成度とともに、主演を含めた演者の方々の高さにあるのだろうな、と思いました。
主演2人を据えたときに未経験2人だとどうなるかわからないから、他の演者の方々はベテランで固めた、というお話を聞きました。ほんそれ。ほんプロ。そう聞くと当たり前のことのように聞こえるけど、それを有言実行してかつ結果まで出すのって、ほんプロ。それはきっと、私たちの目には見えない、舞台上には上がらない方々も、そのように固めて下さったのだと思います。
もちろん、その上で主演2人が想像を越えてきたため、周りの高さと相まってとても良いものが出来た、的なことをおっしゃってくださったのですが。そこに関してはファンはある意味分からないので言葉とおり受け取るしかない部分。
分からないというのは「そうだ」とも言えないし「違う」とも言えない。シュレディンガーの猫です。


でも、別で聞いたお話の中で、
このカンパニーは皆舞台にかける情熱がとても高くて、こんな恵まれた環境はなかなか無い、といった感じのお話もあって。


外部舞台が初めての2人だからこそ、あえて言葉にされたものだと思います。
多くの外部舞台を経験してれば自ずと感じとれる内容なのでわざわざ言わないだろうことを、比較対象を持たない2人のためにわざわざ言葉にして教えてくれた部分なんだろう、と思うと、それはきっと

「わざわざ言葉にして2人に伝えたいほど、恵まれたカンパニーだった」

んだろうなーと思います。
観客として作品は心から「あーーたのしかったーーー」って言いながら帰る内容であったし
ファンとしては「恵まれた環境に自担がいた」というのが最大の幸せ喜びポイントでした。


こんな満たされる舞台を、私はこの先どれだけ見る機会があるだろうか?とすら思いました。



てわけで、何年後に見て「たのしかった!」という気持ちを思い出せるメモとして、まっっっったくタイミングはおかしいですが、キャッシュオンデリバリーのブログを残しておきます。


感想でもレポでもなんでもないです。

これ、ただの、
「キャッシュオンデリバリーという存在をこの先何年でも心に留めおきたい」
がための、メモです。

深澤さんにハマったきっかけの話

以前に、担降りした話…………違った、担降りしなかった話をブログに書いたのですが。

http://fuuuuuu.hatenablog.com/entry/2016/04/18/174742?_ga=2.133802182.992440900.1547867234-87259632.1534203771fuuuuuu.hatenablog.com


単に自分の思い出しブログとして。
今回は、ふっかさんに、ハマった時のお話です。


なんでメンバー増員のタイミングでこんな記事を書くんだ?懐古か?
みたいな感じですが、話はずっと単純です。

一つ前の記事 2019-01-19
二つ前の記事 2016-06-03

我が事ながら、今書かないとコイツまた3年はブログの存在忘れるぞ、という確信があります。
ガチでそんだけの理由です。

忘れるというか
「書こう」→ログインできん→パスワードなんだっけ→てかIDなんだっけ→登録したメールアドレスなんだっけ→うーん→忘れたからもう書かなくていいや
を定期的に繰り返すって言うか……
あるじゃないですか、ほら。ねえ。
無い?そうか。



てわけで、ハマった時の話。

絶対にみんな、担降りするよりも前の
「興味を持ったきっかけ」とか「興味をもった瞬間」ってあるじゃないですか。
個人的に私、その話がとても好きです。
その人の個性なんかも現れてて。
似たような理由なんてなくて、すごくみんなバラバラなので。
例えば同じドラマきっかけだとしても、そのドラマの特にどのシーンに、あるいはどの要素にひっかかったかは人によって全然違うし。

なので、これは本当に完全にただの自分語りです。
当時私こんなこと考えてこんなこと興味持ってましたーっていう、ただそれだけで何も生まれないお話です。



そもそも深澤さんをいつ知ったかはとてもあやふや。
なんせ深澤さん、当時をときめくJJExpressだったから。
知らない人からしたら、当時をときめくって何だって感じですかね。
所属が伊野尾、有岡、高木、裕翔、橋本、
その後ろ……脇かな?
その脇には、山田様とか大我とか森本さんとかいた。
つまりそのメンツよりは前にいた、ということでぼんやり推され(?)具合を察してください。

そんな感じで当たり前に前列でマイク持ってメディア露出してた人なので、知った時期はさすがに覚えてないですが
JJExpressの雑誌とかの記事はめちゃくちゃ読んでたので、なんとなくキャラは知ってました。

JJの雑誌対談、好きだったんです。
「この子何言ってんの?」ってツッコミを入れたメンバー自身が、
数行後にはこっちが「コイツ何言ってんの??」って言いたくなるような天然を炸裂させてて、
全員炸裂してるのに全員が自分だけは常識人だと思ってる感じが。
そういうテイストのグループだった。

そんな中で、ハマるより前に特にふっかさんについて強烈に印象づいてる記事がありました。

その時雑誌を読んだ感想は

「言ってる内容だいぶキモイけど、これ絶対黒歴史になるって。5年後とかに思い出してこんなこと言ってた自分に死にたくなるやつだよコレ」


2005年頃のWINK UPで、グループ皆で対談してた時です。何月号かは忘れました。

「彼女が出来たらどんなことしたい?」
みたいな話題で、高校生と小学生のリアルの差が愉快な記事だったのですが。
そこで深澤さん(中1)、「彼女のことを、ファイナルファンタジーの自分が好きなキャラの名前で呼びたい」と主張。
対談のさなか、その話に盛り上がったのは裕翔(小学生)のみで、他メンバーは「そ、そうか……」ってなってた。
絶対にドン引きしてた。
せめて個人記事だったならダメージはもっと少なかった気がするけど、残念なことに対談だったので、メンバーの引いてる感じが手に取るように伝わってくる。
この子どうしようという困惑が伝わってくる。
ちなみに好きなキャラは2人いるので、どっちの名前も捨てがたかった。ような気がする(さすがにうろ覚え)

記事読んだとき、当時の私は
「いやそこは彼女の本名で呼んでやれよ」
と腹抱えて笑ったと同時に、
「こんな発言が何年後までずっと残ってしまうのか……アイドルって大変な職業なんだな……」
と真剣に思ったことを覚えてます。
あと、「にしてもなかなかに頭わいてるな」も思いました。
何言ってんのこいつ。わいてるな。



その後2006年の春くらいに、深澤さんが髪にストパーだか縮毛だかをかけたんですよ。
詳しくないので私はその違いがよくわからないのですが。
私は単純なので、「ストパーかけたらかっこよくない???」
と思ってました。

でもその時はそう思っただけでした。



そして、2006年夏。

お台場にあるホテルメリディアンで、ジャニーズJrの大冒険っていうコンサートがありました。

ホテル?
ってなりますが、ホテルです。
ホテルの大きな披露宴会場にセット作ってコンサートやりました。
披露宴会場なので、メインステージとバクステ作って、会場の壁側にぐるっと1周、四角い外周を作って、お客さんは全部その内側に椅子並べて入れる、っていう構造です。
ステージの形を田の字とか日の字とか山の字とかで表現するなら、「口の字」
会場が狭いので、距離感は異常に近いし、道が外周1周しかないので、当然すべてのJrが必ずそこを何度も何度も通る。


で、私当時はとってもファンサ厨でした。ショップ袋にうちわを10枚くらい入れて持ってきてるような。
あの頃に今みたいにTwitterあったらと思うと怖い。
間違いなく晒されてた。いやまて?当時もどこかで晒されてたかもしれない?
わからない……いつでも世の中に興味が薄い……。


そんな、会場のつくり的にどうやってもファンサ入れ食い公演に、ファンサ厨が突入しました。
もはや色々試してました。
埋もれブロックでも気付いてもらえるのか
ウチワ無しでどこまで戦えるのか
誰にはどんなファンサして系の方が反応もらいやすいのか
どんなファッションタイプだと誰が反応しやすいのか
外見を変えるとファンサは変わるのか……

いや、あの、コンサートで遊ぶなと批難浴びそうな行為ですが、割と興味深い結果だったんですよ。外見変えるのとか。
ギャルぽそうな服きて髪はただ下ろして名前うちわを振ってると「あーはいはいww」みたいな感じで手を振るのに、化粧を少し落としてしてカーディガン着て髪を横でまとめて留めて前髪も流して大人しく名前うちわ持ってると(振ってるうちわは同じもの)、「ありがとうございます」みたいな感じでお辞儀されたりとか。
データ収集的には、こう……色々とおもしろいことが……


あとは友人らファンサ厨達が会場の団扇を双眼鏡で観察しまくったりライブDVDの客席が映ってる場面を見まくった結果

・団扇のフォントは細めの方が文字は読みやすい
(読みにくいが太い方がかわいく見えるので、読ませる意図でなく自分がうちわを持つことでテンション上げる用途の場合は太い方が可愛いと思う)
・目立つ色の組み合わせは、黄色と黒が接してるもの。ただし黒は少ない方がいいので、文字の囲みくらいがいい。
(黄色×黒は自然界でも危険を知らせる色合わせだから、動物の本能として見ちゃうと推測)

という結論もあります。
オタク気質がファンサ厨になるとデータ収集や分析始めるの、良くない。



そんなことしてるファンサ厨がファンサ公演に参加したので、いろんな人に○○して系うちわを振ってたのですが。

この記事の主題は、ふっかさんにハマった話です。

そうです。

その公演期間に、私はふっかさんにハマりました。
この流れで出してくると「ファンサ落ちか」となりそうですが、

そうです。ファンサ落ちです。



ファンサ(どころではなくてびっくり)落ち、です。




この時すでに「えっかっこよくない??」と思ってたので、外周きたらうちわ振ってキャーキャー言ったのですが。


先に会場の作りについて補足します。
壁ギリギリに外周をぐるっと作って、客席はすべてその内側、です。
つまり、外周と壁にはもう数十センチの隙間しかありません。


外周をやってきたふっかをみつけ、うちわを構えます。

ん?なんか様子がおかしいぞ?

顔の向きがどう見てもあれ、壁側だぞ?

どういうことだ?!
外周と、壁の隙間をのぞき込みながら歩いているぞ!!

ずっと覗き込んでる!!
ひたすら覗き込んでる!!

狭い通路を、すれ違うJrと体を横にして避けても、まだ隙間を覗き込んでいる!!!



こちらの反応も

キャーーー!!
キャーーーー!!
キャ…………あ?

…………????

ぉん????

あの人なにしてんの?????
え?なにしてんの???いや、まじで



スンッと真顔になります。


深澤少年、何が気になったのか
お手振り曲で外周ずーーーーっと壁との隙間みて歩いていた。

こうなるとこちらも
「え…………あの人どこまで溝見て歩くつもり……?」
って気になっちゃって、目の前を通る多くの他のJrを無視して、目で追いかけてしまう。
遠く行っても、ひたすら追いかけてしまう。

そしてついに彼は、ステージに戻るギリギリまで溝を見て歩いてた。


いやいやいや(動揺)

いやいや、ホラJJの中でも不思議扱いされてたし?
キャラかもしんないし?
まぁね?そんなこともあるでしょうよ。
ない気がするけど、いいんだよあるんだよ。あったんだよ現に。


ほら、あの……次来た時にファンサ貰えばいいじゃん!(気持ちの切替)


となると、次のお手振り曲はもう最初からふっかの姿を探して、もう彼しか見てないわけです。


来たぞ!!やったーーー!!
うちわ出せ!!

キャーーーー!!



深澤少年。今度は床を見て歩いてる。



………………

………………………………………


えっっっ??


なんだ?これ。
まさかファンサ曲と思ってたのは私の勘違いか?
もしかして今は、お散歩タイムだったか??


と、客席向いて立ち止まってお手振りしてる他Jrとすれ違う深澤さん。
その人を避けて後ろを横切った際に、お散歩の最中に手を振るというワークがあったことを思いだした模様!

ふわっと肘くらいの高さまで上がった手を、5cm幅くらいわずかに動かしながら1mくらい進んだぞ!!
そしてなんと!!再びィ!!
ただのお散歩にーー、
戻っっったーーーーー!!(実況)



おん???
なんだこれ??

なんだ??
これ??


「さすがに次の時は客席見てんだろ」
「いやいや次くらいは」
「待て待てこの公演ずっとか?」
「あれ?次の公演も見ないの??」
「てかこれもうアレだな???」



いつも客席、見てないな????



一応、補足しておくと
ゼロではないんです。
たまーーーーにチラリと客席みて、そこに見かけたファンサうちわとかに反応もしてるんです。
外周1周ごとに、1回2回くらいは。

でも周りをゆく人達は、常に客席をみて自分のうちわを探したり、数メートルおきに立ち止まってはうちわに反応したり全体に手を振ったりしてるわけです。
その中で、あまりに極少。あまりにSSR


ファンサ自体がレアなため、もはや自分が貰う貰わないの話ではない。
「あっ!!あっちの端でファンサしてる!!!すごい!!!!」

ファンサしてる姿が、もはやファンサ。


この時点で、お気づきになられると思う。

こいつもう、公演ずっと深澤しか見てねぇぞ??ということに。


嘘ではない。冗談でもない。

結果的に私はこの時から現在に至るまで、彼を応援し続けてるのだ。
「なんでだよwwwwこの人客席全然見ないんだけどwwwwww」
という、大草原をきっかけに。



なので、タレントの皆様におかれましては
こんな理由でどハマりする人もいるので、テンプレにおさまらず、自分のやりたいようにやってください。
何がどんな人のツボに入るか、世の中分からないものだから。ホント。




そして以降は、与太話のさらに余談。


ちなみにこの時にドツボにハマり、翌日の公演にはもう辰哉ウチワを作って持って行った。
即落ち二コマもかくやだ。


そして会場でウチワを振った次の瞬間思い出した。


だから!!!!!!!!!!

客席!!!!!!!!

見ねぇっつってんじゃねぇか!!!!!!!

バカか!!!!
私はバカか!!!!!!?????!!!!
(うちわを投げ捨てる)


考えれば分かることだったんだ。
客席見ないってことは、名前ウチワ持とうが必死に手を振ろうが、見てないのだ。
何でこんな単純なことに私は気づかなかったんだ……!!
ハマりたてで舞い上がっちゃって、とんでもなく盲目になっていた……!!
ジャニヲタはハマったらウチワを作るものだと、あまりに思い込みすぎていた。
私のこれまでの持てる力では、何一つ役にたたない……!

その時に私に思いつけたのは、もうこれしか無かった

『なまえを呼ぶ。めっちゃ呼ぶ。』

もはや人類として原始に還った。
進化途中のコミュニケーション感ある。

しかもお手振り曲という、ポップでリズミカルな音量の中で、本人に届く声量で、呼ぶ。
バラード曲やMCの名前叫び厨とは訳が違う。
音楽がフル音量で流れてる中、それに勝つくらいの声量で、呼ぶ。

私は一体、何と戦っているんだ?

ちなみにこの戦いは、代々木体育館や横浜アリーナでも行われた。
想像して欲しい。
横浜アリーナの、確かにセンター外周脇の席だったかもしれない。
だが、横浜アリーナに爆音で流れるお手振り曲に打ち勝って、3mから5mくらい離れた通路を歩く人の耳に、名前がきっちり届くには、どれだけの声量で叫べは良いのかと。

3回くらい外周歩いてきた時しか叫んでないのに、公演の帰り道には声ガラガラでのどが本気で痛かった。発声練習なんてやった事はない。

あと横浜アリーナでもまだ諦めきれずにウチワを持っていったが、横浜アリーナでもうちわを床に投げ捨てた。
「こんなもんいらねぇ!!」ってリアルに叫んだ。




ちなみに深澤さん、2007年は岩本さんとか宮舘さんとかちびっ子()と遊ぶのに夢中だったけど、
2008年には客席に、しかも笑顔で自分のうちわ見つけてお手振りするようになりました。
何この……何?(震え)


あとさすがにファンサ厨だった私も大人になりました。
それだけの月日が流れちまいました。
子供は大人になれるけど、大人は子供に戻れない(とりあえず言っとけ精神)




またブログのパスワードを忘れないうちに、これまでとか、これからとかを、書いていけたらいいなと思います。
忘れたらまた3年後くらいに書いてると思います。

はてブロサービス続けてくれててありがとうございます。
更新なくても削除しないでくれててありがとうございます。
noteのが投稿しやすくない?とか思ってごめんなさい。