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そんで深澤さんに降りた話。

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そんで深澤さんに降りた話。

 

打算と保険にまみれた掛け持ち状態でしたが、だいたい今思うと2013年のすのクリエで降りました。
「今日から降ります!」とかやったわけじゃないのでよくわからないですが、たぶんきっかけはそこなんじゃないかと。

理由はたいへん分かりやすいです。
深澤さんをこの先もずっと応援していられるのかも、と思えたのが一つ。
”このSnowMan”を応援したい、と心から思ったのが一つ。
あとは、今ここで全力でSnowManを応援したら、どんな結果であっても私はジャニヲタとして完全燃焼できる気がする、と思ったのが一つでした。

実は、2013年のすのクリエで初めてSnowMan箱推しになりました。
それまでも中二組は好きだったしJrBoysは好きでした。となると結果的にすのーまんが好きだったのですが、箱が好きというよりは、一人ひとりが好きだった。深澤さんは特別に好きだった。
でも、この時にSnowManを応援したい、と思いました。なんなら深澤さんは二番目でいいや、ぐらい。

謎クリエがあってからすのクリエがあったのも自分の中で「SnowManを応援したい」って思うきっかけになって、いろいろタイミングがきっと良かったんだと思います。
クリエ始まる前まではすのクリエより謎クリエの方に期待をしていました。
理由としては当時ツイッターでつぶやいてますが、深澤さんのソロ曲を考えたときに、すのクリエは絶対に深澤さんは全体のバランスをみたソロ曲を選ぶだろうけど、謎クリエはもしかしたら純粋にやりたい曲をやるかもしれない!と考えていたからです。
逆に言えば、ソロ曲ぐらいしか深く考えてなかったというか。
個人的な感想ですが、当時のSnowManに私は閉塞感をとても感じていて、見るとなんだか息苦しい気持ちになっていました。
そして実際公演に入って、謎クリエがとても楽しかったんです。寄せ集めのグループだしまとまりがないだろうなんて思ってたのが、想像をこえて形になってました。そこに一つの未来や可能性を感じたぐらいには。
となると、そのあとにやるすのクリエが、私の中でとてもハードルが上がってました。もういきなりMAX状態。
結果から言えば、すのクリエが楽しいとかそういうものを更に越えてこの人たちを応援したいって気持ちになる公演だったのですが。

2013年のSnowManとして初めてのクリエの印象は「想像以上に攻めてきた」でした。
それまで私がSnowManに感じていた印象は「守り」でした。それがより、なぜか感じる閉塞感に繋がってたような気がします。
当時の状況としては謎があっていわふかだけが雑誌や少クラに出ている時期で、素人目に見ても「ここでなんかないとやばいんじゃ」とドキドキしてるようなタイミングでした。
そのタイミングでSnowManのクリエを、どんな風に作ってくるのかなって。ただシアタークリエに行ってチケットに書かれている座席番号の前に一時間半立ってればいいだけの客のくせに、なんだか死ぬほど緊張していた気がします。
箱推しじゃないのに、じゃあ一体何を緊張してたんだ?って話ですが。
あくまで私が持っていた先入観ですが、SnowManがもしなくなったら深澤さん辞めるなって思ってました。SnowManが解体したあとに、単品で深澤さんが活動を続けるところが想像つかなかったのです。
想像なのになぜか確信してました。本当に、一個人の勝手な思い込みですが。なので、SnowManは絶対存在してくれないと困る、って思ってました。

クリエ自体の感想は上記のとおり「想像以上に攻めてた」でした。ついでに言うと渡辺さんがなんかもういっそ怖かった。
でも、このクリエを見たときに「ああ、SnowManの未来を応援したいな」って初めて強く感じました。
もちろんそれまでも応援してなかったわけじゃないですが。
本気の応援って、大なり小なり、何かしらの代償を払うものだと思うので。その時初めて、それなりの代償を払ってSnowManを応援したいな、って思ったのでした。
あるいは、その払った代償が結果何も残らなかったとしても、いいかなって思えたというか。

とはいえ、これまで6、7年掛け持ち状態だった人間なので、「さらにSnowManっていう、応援するものが3つになったわー。でもSnowManと深澤さんの応援はまとめてで済むから楽だわー」みたいな気持ちもありまして。
相変わらず、担当を一人に決める、とかそんな感覚は欠如したまま過ごしてたのですが。
とあるデビュー組のコンサートに行ったときに、「浮気すんなよ!」みたいな発言を聞きまして。
これまでもそういった発言を色んな人がしている、というのは知っていたのですが、私の中ではなんとなく「ファンを恋人にみたてた、うまいリップサービスだなあ」ぐらいにしか考えたこともありませんでした。
なんなら「浮気すんなよ!」「きゃー!」っていうコール&レスポンスだと思ってた。「上の方みえてんぞー!」的な。
その時ふと、「こういった発言をしているタレント側からしても、『自分のファン』『自分のファンじゃない』って分けて、自分のファンを特別視してるものなのかな」って。初めて。初めて感じまして。ええ。一ミリも考えたこともありませんでした。
タレントがファンとの距離(あるいは近さ)を測るものだなんて、思いもよらなかったことでした。ファンが一方的に「近い!」「遠くなった!」とか好き勝手ほざいてるものだと思ってました。
そう言われれば、タレントが「担降りされると、なんかふられたような気持ちになる」みたいな発言もそういえばしていたなぁ、と。
あれ?考えたこともなかったけど、タレントにとって『自分のファンかどうか』って実は結構重要なのかな?
それってつまり「誰担か」ってタレントにとって意味のあるものなのかな?

と。これまで「好きなら誰でもいいじゃーん」としか考えてなかった自分的には目からうろこでした。
考えたこともなかった。タレントにとって「担当」ってのが意味あるかもしれない、ということに。

そんなわけで「全然関係ないデビュー組のコンサートの帰りに、なぜか友達に『深澤担に降りました。というか、降りてました』という連絡を入れる」という謎の儀式を経て、深澤担に降りました。

担降り宣言っていうのも、色々と意味だったり何だったり考えさせられる文化の一つですね。